55歳の頃、 南関東から北関東に移住が決まったが、息子が高校野球をやっていたので、2年間街中のマンションに仮住まいをしたことがあった。ショッピングセンターの一角で健康器具と称する「ヘルストロン」の無料体験コーナーがあり、頭痛、不眠、肩こり等に効果があると宣伝して、販売されていた。街中で住んでいて便利なこともあり、週に1〜2度通ったことがあった。この器具は椅子の周りに数千ボルトの高圧電界を発生させ、この中に人間を座らせて、電界を全身に浴びることにより、前述の不調を治すと説明されていた。
一ヶ月程経った頃、夜中に耳の奥でジージーと鳴く蝉の声を聞いて目が覚めた。ここから、私の耳鳴りとの長い戦いが始まったのである。翌日、ヘルストロンの販売員に電話をして、耳鳴りが出たがこの器具が原因ではないかと問い詰めたが、其れはありえないと云う逃げ口上の繰り返しであった。私はこの器具が直接の原因でないかも知れないが、引き金になったことは間違いないと考えている。何故なら、人体には電気信号により駆動している臓器があり、この動作が高圧電界の影響で誤動作する可能性は否定できないと思う。事実、メーカーの宣伝文句の中にも禁止条項があり、ペースメーカ装着者は使用不可となっている。
先ず、近所の耳鼻科に行った。聴力検査をして、軽度難聴の薬を処方されて、2〜3ヶ月服用したが、症状は改善されなかった。昼間は仕事に追われていたり、周りの生活音もあり、耐えることが出来たが、寝床に入ると耳鳴りの音が大きく感じて、寝られない状態が続いた。当然、県立病院にも行ったが、ここでは酷いことに全く相手にされなかった。老化による現象なので、治療出来ないと言われたのである。夜眠れないので、何とかしてほしいと頼んで安定剤を処方して貰った。この事から、この耳鳴りは西洋医学では治療できないと理解した。
そこで、東洋医学ではどうだろうか!と考え、幸い近くに東洋医学科のある病院に行った。症状を告げると、それではやってみましょうと盲目の医師は言った。パンツ一枚でうつ伏せになり、頭、首、耳の後ろ、背中、腰、大腿部、脹脛、足首等に鍼を打って、時には鍼の上にお灸を載せたり、電気を流したりの治療が続いた。お灸をする時、火玉が落ちないか?と心配になる事があったが、その盲目の医師がどのようにして火玉を載せているのかを見ることは出来なかった。しかし、一度もその様な事故は起きなかった。一年半位通ったが、耳鳴りの症状はそれ程改善されなかった。しかし、体調は驚くほど良くなった。そのまま治療を続けたかったのだが、北関東への移住があり、断念せざるを得なかった。
引越し先でも東洋医学系の病院を探したが、そう簡単に有るはずもなく、近所の開業医で安定剤を処方して貰うしか方法がなかった。私の場合は、昼間はどんなに辛くても安定剤は飲まず、寝る前だけに飲んでいた。耳鳴りの状態にも起伏があり、強く感じる時はキーンであり、通常はジージーであったが、時として我慢出来なくなる時が有る。そんな時期に、北関東の大都会に有る大病院の耳鼻科に行った事があり、 そこで受けた説明が次の様な内容である。 耳鳴りは耳の鼓膜が振動している訳ではなく、脳内の電気回路が切り換わって不快音を感じる現象である。従って、聴覚の問題であり、耳鼻科の範疇では治療方法がないという結論であった。
人間の脳は不快音を年月をかけて、徐々にその音に慣れ、不快と感じなくなる様に出来ているらしい。耳鳴り音が不快でなくなるには、私の場合は10〜15年の歳月が必要であった。耳鳴りがあっても、無意識に過ごせる様になる期間が必要という訳である。 耳鳴りが気にならなくなって10年以上になるが、”鳴っているな!”と気付いた時、サラリと受け流す事ができる様になった。初期の頃の辛いストレスを感じていた時期を振り返ると、耳鳴り現象を冷静に捉えられる現在も、戦いの日々が焦燥感として蘇ってくる。
今日も耳鳴りは静かに続いている。